歯科と痛み(非定型歯痛・非定型顔面痛など)

元勤務医 富澤大輔の臨床レポート (現在は当院に在籍しておりません。Dr富澤の在籍先の東京医科歯科大学への紹介状のみ取り扱いを行っています)

虫歯、歯周病、顎関節症などの病気が全く認められないのに、歯が痛くなったり、顔面が痛くなったりする病気、ご存知ですか?このような病気のなかに、非定型歯痛、非定型顔面痛というものがあります。私が大学病院で治療にあたっていたのは主に、このような患者さんでした。このような患者さんは、ドクターショッピングをし、何軒も歯科医院を渡り歩き、歯痛のため、歯の神経を抜いたり、最悪は抜歯を行ってしまったりします。それでも痛みは全く取れません。原因はまだ不明なのですが、おそらく脳の誤作動で痛みを感じてしまうのではないか、と言われています。そのため、治療は歯科治療ではありません。脳で誤作動を起こしてしまっている神経伝達物質を調整して痛みを抑えていくのです。代表的な薬物は抗うつ薬で、中でもトリプタノールという薬が昔からよく使われています。私の大学病院時代の患者さんNさん(女性)は、ある時、奥歯が痛くなり自宅近くの歯科医院を受診しました。様々な検査をした結果「何も問題はない」と言われましたが、どうしても納得できず、強く希望し痛い歯の神経をとってもらいました。ぞれでも痛みはとれず、再度強く希望し今度は抜歯をしてしまいました。しかし、原因は歯ではないので、痛みは全くとれません。Nさんはその後も歯科医院を何軒も渡り歩き、大学病院を紹介され、私の担当となりました。初診時にいろいろ説明させてもらいましたが、脳の誤作動からくる歯の痛み、ということをすんなり納得することはできなかったようです。しかし、藁にも縋る思いで受診されたNさんは、週1回、薬の調整(抗うつ薬など)に半信半疑ながらも通院してくれました。会社には休職届を出していて、何か月も働けていませんでした。それにも増してご主人様が、自分の痛みを理解してくれないということが、大変悲しんでおられました。会社には、病状に関して書類を書き、またご主人様と一度一緒に受診してもらい、ご主人様にこの特別な痛みに関してご理解いただきました。Nさんは、半月ほどの通院で痛みが和らぎ始め、一月後には八割がた痛みは和らぎました。そこで会社にも少しずつ復帰していただき、半年後には念願がかなって復職されました。その後、痛みはほぼ消失し、日常生活には何の支障もない状態まで回復しました。症状を安定させるためには時間がかかるため、維持療法を半年ほど行いました。維持療法の間、痛みがほぼ消失している状態が保てていたため寛解と判断し、薬の減量を開始し、ついにはNさんは薬がなくとも無事社会復帰を果たし、元気な生活が送れるようになりました。最後の診察の時、「最初は半信半疑だったけど、ついて行ってよかったです。全てを取り戻せました。ありがとうございました。」との言葉をいただいた時には、本当に良かったと、心を打たれた思いでいっぱいでした。